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自分を大切にして、生きてみる

いまから、ここから、やってみる。日々の記録。

わたしが洋服の買い物で疲れてた、買えなかったわけがわかった

こんにちは。

カオリです。


今日は午後から仕事休みで、百貨店に服を買いに来てます。


自分だけで、自分の買い物のためだけにゆっくり百貨店来るなんて、子どもが生まれてから初めて!

東京にいた時は、週末ごとにお気に入りのブランドのショップのぞきに行ってたな〜そういえば。


で、わかったこと。


わたし、最近、服を買う「必要に迫られる」と、ネットで買うか、時間見つけて家の近所の大型ショッピングモールに行ってたんです。


ところが、そのショッピングモールに行くと、買わなきゃと気は焦るんだけど、全然決められない。

なんかどれもこれも欲しくない。

でも、行事とかで買わなきゃどうしようもないから、なんとか、時間的タイムリミットの中で、ありかなと思えるのを買って、ほっとしながらどっと疲れてました。


なんでかなあ。

自分にいま自信がないからかな、何が欲しいかわかんないからかな、とか思って。


で。


今日百貨店に来てみてわかったこと。


百貨店では、欲しいものがたくさんある。


そうか!

わたしはあの、ショッピングモールの「本物に似せたものを、いかに安く売るか」「いかにお買い得かをアピール全開の空気」がダメだったんだ。


そこには、それなりのブランドも入ってるんだけど、そのブランドの、「お手頃価格」でそのブランドのもの買えるラインナップだったんだな。

少なくとも手前のほうに出てるのは。


わたし、ニセモノいや!

触り心地、着心地のいい素材が好きなのです。

本物は見ててほっとする。


なーんだ。


自分のせいじゃなく、単にあのショッピングモールにわたしが似合わなかった、わたしの好みじゃなかったってことなんだ。


さー、引き続きお買い物♪

30万円お財布に入れて始めての、その後。

おはようございます。

カオリです。

 

以前、こういう記事を書きました。

 

kkaorim.hatenablog.com

で、今使ってるお財布に30万円入れ始めて2週間ほどの感想。

 

 

お金が減ってる感じがしない、って、なんて心豊かなんだ!!


 

以前は、まさに、それ、「減ってる感じがしない」こと(=気づかないうちに減ってること)を怖れてた。

 

でも、それって、アホじゃん?!

 

減ることばっか気にしてるから、減ることしか目立たない財布だから、減ることにばっかりフォーカスしちゃう。

 

で、「気づかないうちに」減ってる、って、減ることめちゃ気にしてるくせになんで減ったかわかってない。

書いてみたらそのアホらしさに気づくけど、減ること気にしてるわりに気づかないって?!

で、気づかない、ってことは、それに見合うだけのもの受け取ったって記憶がないってこと。

 

あー、なんてバカバカしいんだ。

 

わたしはこの先、一見して何枚一万円札が入ってるのかわかる程度の額はお財布に入れません。

つまり、一桁ならだいたいわかっちゃうから、20枚か30枚入れとこう。

 

わたしがもともと持ってたお財布でも、慣れたら全然違和感なかった。

 

別に急にお金が入ってきたわけじゃなくて、もともと自分のお金、銀行に置いてたのをお財布にうつしただけで、この豊かさ!

 

別に、今までよりたくさん使うぞとかそうも言ってなくて、入れとくだけなのに豊か!

 

そりゃ数えたら減ってるけど、現金で支払って「受け取った感」ちゃんとあるし、1百円千円にフォーカスしなくなるから、なんかチマチマ心寒い感じがない。


今まで、何を勝手にわざわざ2万円くらいずつチマチマお金引き出してビンボー気分味わってたんだろ。

 

しかも、一度引き出したお金をなかなか再入金しに行けなくて100万円以上2週間くらいカバンに入れてるんだけど、別に全然ビクビクしてないし。

 

これって、わたしって、それくらいの額フツーに持ち歩けるキャパ十分にあるってことじゃん♪

 

ほんと、実際やってみないとわかんないな!

 

 

母親の幸せ≠子どもの幸せ? を明らめたら、「おかしいだろっ!」と突っ込み大会

こんばんは。

カオリです。

 

この前書いたこの記事。

kkaorim.hatenablog.com

 

これにも書いた、「母親が自分が幸せになることで突っ走ったら、子どもに寂しい思いをさせるのではないか」という気持ちについて、昨日の真穂さんのセッションでも話をし、真穂さんのアドバイスもいただいて、セッション後にあらためて自分が思っていることを書き出してみました。

 

そして、出たーーー!

 

いやー、書くってすごい。

 

思ってるだけだとそんなことないんだけど、真穂さんに言われた通り、文字で書いてみると「そりゃおかしいだろ!」って、どー見ても明らかなことが出てくるから不思議。

 

以下、その後真穂さんにお礼方々ご報告したメールから引用です。

 

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先ほど、母親であることについて、自分が思っていることを、書いてみました。
そしたら、真穂さんのおっしゃった通り、おかしすぎでした!

わたしはどうやら、母親は、子どものためなら自分の命もためらいなく犠牲にできるはず。
であれば、自分が自分のためにしたいことくらい、犠牲にして当然。
そうでなければ母親失格。

、、、と思っていたようです。


直後に自分で、
「おい!子どもの命がどうなるか、というときに自分の命を投げ出すかどうか、ということと、子どものそれなりに普通に生活できてるときに母が自分としてやりたいことをするかどうかは全ーーーく関係ないだろ!」
と突っ込みました。。。

それで、わたしは、自分の母親が子どものために自分を犠牲にしていた(と見えていた)から、母親とはそういうもの、と思っていたようなのです。

「じゃあ、さんざん自分の母親に対して不満持っておきながら、同じようにする根拠はいったいどこに???」
「どうやったって子どもがどう受け止めるかはわからないのに、その中で、自分の母親に対して自分が感じていたこと(=一番想像しやすいこと)を、わざわざ自分のしたいことを我慢してやりに行くというのは、頭が相当悪いとしか思えない」
と、突っ込まざるを得ません。。。

それで、出た結論は、もちろん。
「自分のやりたいようにやる」
です。

でも、それでも怖さはあるので、まず、
「自分のやりたいようにやってみる」
を進めてみます。

 

-----

 

進めます!

 

追伸(誰への?):

昨日、真穂さん最終セッションでも、感慨ないと書いたけど、ハイテンション、大盛り上がりが落ち着いたら、その後、じわじわ〜〜っと来ました。来てます。。。

 

真穂さん最終セッションを終えて

こんにちは。

カオリです。


今日は、真穂さんの最終電話セッションでした。


感じたこと気づいたこと書き始めたら終わらないので、それはまた今度記事にしたりしなかったりしますが、とりいそぎ今書きたい感想をふたつ書きます!



◯「終わった」感慨がない


感慨味わおうと思ってたんですよ。

でもそれが、ない。

そりゃもちろん、めちゃ今回もものすごく学びたくさん、超重要な、人生ターニングポイントになるなっていう気づきたくさんいただいて、もっのすごくよかったーー!!!


でも、「これで最後か。。。」「3ヶ月間、こうだったなあ。。。」みたいな感じの感慨という意味では、ほとんどなし。


なんでかなと思ったんですが、これからも真穂さんの音声聞けるとか時々はブログ読んでいただけるかなというのでつながり続けられるのもあるけど。

それ以上に。

そう、おそらく、わたし、もうめっちゃ日々進化し続けていて、進化っていうか、本来の自分に戻り続けてて、それはもう誰にも止められない。

で、そのブロロロローッと進んでる、駆け続けてる途中に、セッション開始3ヶ月間っていう、最後のセッションっていう日があったっていうだけで、終わりや始まりでもなく、区切りですらない、とわたしが感じてるからだと思う。


そういう、なんか、区切りとか、外側からつけられる勢いづけみたいなの必要としてないから逆に、区切りとかいいタイミングとか、祝福みたいなものを外側からもらえたのかなって。


だから、最終セッションの今日、

・ブログ読者数が100人になった

・今日ブログにつけていただいたスター数が59と、普段のほぼ倍かつ過去最多

・今日は国際女性の日らしい

・自分で買ったあるものが今日届く(別に狙ってないのだけど、考えてみたらすごいタイミング。また後日記事書きますね)


とか、もう、みんなから、周りじゅうからの祝福としか思えないことがたくさんもらえたのかなあと思います♪



◯ドヤれてた。「わたし、そーなんですよ!」って思えてた


一回目のセッションでは、見事な不感症ぶりでほぼ何も受け取れなかったわたし。


そして、二回目の電話セッションでは、真穂さんに

「めっちゃ受け取れてるじゃないですか!」

「すごく変わりましたよね!」

「大丈夫!」

と言っていただいて、自分では思ってもいなかったことだったので、


「えー!そうですか?!真穂さんにそう言っていただけてうれしーい」

と感動しました。


が、今回のセッションでは、真穂さんが、

「カオリさんすごいですよ!」

「カオリさん、こんなもんじゃないですよ!もっとポテンシャルありますよ!」

って言ってくださったとき、


「そうですよね!わたしすごいんですよ!」(ドヤっ)

「こんなもんじゃない、って真穂さん、当たり前!わたし、自分はこんなもんじゃないって、もともと知ってたよ!思ってたよ〜」

って思いました。

(真穂さんにそのままの言葉で返事してはおりませぬ^_^;)


「こんなもんじゃないって知ってた」っていうのは、ハリボテプライドでべったべた塗ったくられて正体わかんなくなってたものの芯にあったとこで前から知ってた、それが陽の目を浴びて、ちゃんとまっすぐ見れたということ。


わたし、ほんとに思ってたんですよ。

「わたしって、“フツー”なわけない」って。


で、今も思ってます、もちろん。


今日のセッションで真穂さんから、わたしのブログ読んで、最初のほうと全然変わってきてて驚くと言ってくださってる受講生の方がいらしたと聞いて、純粋にうれしかったです。


が!

わたしは、こんなもんでは、まだまだありません。

(えへん)


昔からそう思ってたけど、なんか、あんまりそう自分で堂々と言うのもはばかられたし、そのうちいろいろ自信なくしたりして言えてなかったけど、


わたしは、なんか知んないけど、どういう風にかわかんないけど、“フツー”で終わる人間じゃないんです。


ようやくこの気持ちを、ストレートに出してあげられて、自分がめちゃ喜んでます。



あー、ほんとに!

真穂さんのコース受講して、人生が変わった、いや、違うな、あるべきとこに戻る最強な手助けをしていただけて、もうほんとに、大感謝!!

命の恩人。


そう!

いまたまたま出てきた言葉だけど、真穂さんには、「命の恩人」って表現がぴったり。

命はもともとわたしが持っていて、それを、助けてくれた。

特別なものをくれた、のではなくて。


でも、なにより誰より、

巨大なハリボテでモッサモサべったべたに固められてもなお、それに完全に覆い被せられて埋もれて負けてしまわず、真穂さんをレーダーで探しあてたわたしの芯に、ダイヤモンドみたく(と書いて初めて、真穂さんのメールアドレス意味が体感できた)強く輝いてるものに、愛おしさと感謝でいっぱい。

やっと、つるっとむけて姿を見せてくれたね。

自慢したい気持ちでいっぱいです。


もー、わたしサイコー!!!

わたし万歳!!!

ビバわたし!!!



さ、これから、セッションでたくさんヒントいただいたテーマの明らめしよっ。


叶えることリストの順番待ちのこと。待たせても中途半端に満たさない。

おはようございます。

カオリです。


昨日の記事の最後に


(しかし、、、こうやって叶えることリストにどんどん追記されてくんだけど、でも叶え方を妥協しないようにすると、なかなか追いついてない(^_^;))



って書きましたが、わたし、どこででも気づいたら書き込めるように、叶えること(つまり自分の望んでること)を、スマホでメールの下書きのとこにどんどん書き足していってるんですが、ほんと、日々たまってます(^_^;)


というのも、書き足されるんだけど、叶えるのはひとつひとつだし、日々仕事とか家事とか子どもたちのこととかしてて使える時間の中でやってくと、そうサクサク進まない。

(こうやってブログ書くことも叶えたいことで、それだけで終わる日も多々あり。)


さらにサクサク行かない要因は、叶え方を妥協しなくなったこと。


前なら、欲しいものがあったらネットでちゃちゃっと検索して、「まぁ、ありかな」と思える質と値段のものをさっさと買ってました。

でもそれやめて、ほんとに満足できるものを買おうと決めた。


そうやって時間かかるけどひとつひとつちゃんとやってると、もどかしくもあるけど、

「やっぱりこのほうがいいよね」

とも思う。


なぜかというと、なかなか順番が回ってこない子は待ちくたびれそうになったりもするんだけど、以前みたいにそこで適当なものでお茶を濁さないと、ちゃんと、「満たされてない」ことを自覚し続けられる。


例えば、叶えたいことリストに長く入ってるものの中に、「お皿を買い替える」というのがあるんですが、毎日、何年も使ってる100円ショップのお皿で食べるたびに違和感感じて、

「わたしはもっと素敵なお皿で食べたい!」

って思える。

その気持ちがたまる。

これが、今のがいやだと気づいても、とりあえず近くのニ◯リで今のよりましなお皿買ってきてごまかしたら、完全には満たされないけど、「ま、これでいっか」ってなって、満たされてない気持ちが見えなくなる。

※100円ショップやニ◯リが悪いというのではなく、そこにある手頃な値段のものの中からまあ許せるというものを買うことについて言ってます。念のため。


待たせたらいけないって思ってたけど、でもそれって、子どもがご飯待ちきれないからってスナック菓子かなんか渡しちゃって、ご飯できたときにはもう食べる気なくしてる、っていうのと同じだなと。


だから、待ちくたびれそうになっても、

「必ず満たすから、待っててね!」

と言いつつ、他のこと満たして、

「こういう風に、あなたもしてあげるからね!」

って、見てもらいながら待ってもらってます^ ^


またこの夢見た。まだ心臓バクバク。。。やっぱり、子どものこと設定変更しないとだ。

おはようございます。

カオリです。


まだ朝から4時台なんですが。

夢見て飛び起き、いや、飛び起きてはないんですが、心臓バクバクで起きてもう眠れる気がしない。


どういう夢って、昨日書いたのとは別に、これもまたこの2カ月くらいよく見る夢。


自分が、やりたいこと楽しくやってたら「あ!子どもたちのことすっかり忘れてた!どうしようっ!!??」

ってなってめちゃくちゃ焦る夢。


去年までとものは、友だちと夜に映画見てご飯食べたりしてて、その友だちに

「子どもたち大丈夫なの?」

と聞かれ、時計見たら21時45分。

「わ!保育園もとっくに終わってる時間!!どうしようーーっっ!?子どもたちどこでどうしてるのっ」

と、焦って取り敢えず保育園に電話をしようとしてスマホ見ると、保育園からの着信履歴あるけど、ダッシュしながら電話しようとしてもスマホが全然反応しなくてますます焦る・・・


というところで、目が覚めた。


ほぉーーーっ。

夢でよかった。。。。。


口はカラカラ。

親族バクバク。


確か前に見たのは、夜行列車に乗って遠くに行っていて、

「あ!子どもたち家に置いたまんま!どうしようーーっっ!?」

ってなる夢とか、ほかにもいくつかあったな。



自分を大切にして、自分を自分で満たしていくこと、やりたいことやることと、子どもたちを大切にすることが両立するのか?

→する! って頭では思ってたけど、潜在意識ではそうじゃないんだな。やっぱり。

(薄々わかってた(^_^;))


今日は真穂さんの最終電話セッションもあるし、取り組むぞ。


ちなみに、昨夜は上に書いた夢見る前、家(夢の中では会社的なところだったけど)に30人くらい警察官がやってくる夢見た。

そーかあ、昨日恋とか書いたしな。

そんなことは「正しくないと」とでも思ってるのかな?

わたし(^_^;)


さ、心の中よく見てみよう。



もう一度、恋をしたい

こんばんは。

カオリです。


昨日の夜、夢を見ました。


恋をする夢。


恋、っていうかな、学生時代みたいに、無邪気にたわいなくときめく夢。

この1、2カ月、時々似たような夢を見る。


起きたあとも、心が浮き立つような余韻が残ってる。


昨夜は、夢を見て夜中に起きたあと、

「わたしは、もう一度恋をしたいんだな。うーん、この声を聞いたからには、、、さて、どうやって叶えようか。」

と考えました。


それが、けっこう難しい。


これが「再婚したい。パートナーがほしい」だったら、例えば婚活サイトに登録するとか行動が思いつくんだけど、漠然と恋がしたい、ときめきたいというのは。。。

さて。


しかし、年齢のせいにしてあきらめるとか「若い人はいいねえ」とかため息つくのはいやだ。


で、今の自分を見てみると、いろんな意味で、恋やらときめきからは遠ーーいとこにいる気がする。


よし!

まずは、その「遠ーーく」してる要因を見つめて、変えたいとこを叶えてくことから始めよ!

(しかし、、、こうやって叶えることリストにどんどん追記されてくんだけど、でも叶え方を妥協しないようにすると、なかなか追いついてない(^_^;))