自分を大切にして、生きてみる

いまから、ここから、やってみる。日々の記録。

満月に引っ張られて?出てきたこと② シングルマザーであることについて → 父母とのことについて

引き続き、ノートに書いたこと転記です。

 

前半は、満月に~というか、数日前に頭の中で思ったことを今日やっとノートに書き出せたのですが、シングルマザーであることについて。

後半、今日書いているうちに、思いがけず父母とのことに自然につながっていきました。

 

 

わたしは今まで、「わたし、一応世の中的な定義で言うと『シングルマザー』になるけど、元だんなと交流保ってて一緒に子育てしてるし、週1回くらい来てくれてるしお金も十分もらってるし、まあ、ちょっと当てはまらないよね。独自な感じだよね」と思ってた。

 

でも。

この前、ブログにも書いたけど、「わたし、ひとりで子育てしてて心細かったんだ」って気づいたとき、明らめました。

 

「わたしは、シングルマザーである。以上」

 

自分以外の人にとっては、まったくもって何も意味ないと思うけど、わたしにとっては大きなこと。

 

ちなみに、結婚しているときもわたしは、「わたし、結婚しているけど、実は結婚制度とかっておかしいと思ってて、型にはまってないんだよね」と自負していました・・・。

 

どこに行っても、人と比較。

勝手に優越感。

 

じゃあ、何でそれを持ち続けたいの?

 

→ 基本、負けてると思ってるから。

 

なんで?何に負けてるの?

 

→普通にやれてる人に。

安心して幸せそうな人に。

好きなもの楽しんで、安心してる人に。

人間が好き!とか、田舎が好き!とか言う人に。

お父さんお母さんを尊敬してる、と言う子に。小学校のときから。

「きゃー♡可愛い♡」とかはしゃいでる子たちに。

お母さんお父さん大好き、とか言う人に。

 

なんかわたしは、普通にやれない。

 

それで、勝手に負けて、違う在り方で勝とうとしてきた。

でも、人と違う、ということにこだわってるから、自分がやりたいやり方、好きなもの、がない。わからない。

 

お母さん、好きなん?

お父さん、好きなん?

 

・・・うーん、わかんない。

それ聞かれたら、肩のあたりがぎゅっとなる。

苦しい。心臓も。

 

なんでわかんないの?

 

だって、なんか、それ(父母を好き)認めたら、終わる気がする。

 

終わる?何が?

 

何にもなくなっちゃうもん。

わたしを支えるものが。

形がなくなる。

 

直接言うこと(父母に好きだと)言うのが恥ずかしいだけならともかく、このノートやブログに書くことだけでも、抵抗ある。

心の中で言うことすら。

 

お父さんお母さんを好きと認めるということは、わたしを「そのままでいい」と言ってくれなかったお父さんお母さんを認めるということ。 (このへん書いてて歯に力が入る。)

 

認めたらどうなるん? 

 

=わたしは、そのままではダメってことになっちゃう。

 

でも、今、お父さんお母さん認めてないけど、自分のことそのままでいいと心から思えてはいないよね?

 

うん・・・。

 

認めてみる?(父母を好きだと)

 

(このへん書いてて、胸のあたりが広がる)

 

いーよ、お父さん、お母さん。

(こう書いたら、なんか心曇った。)

 

今、お母さんは、わたしやお姉ちゃんたち、わたしの子どもたちが、元気で生きていてさえくれればいいって心から思ってくれてるじゃん。

 

わたしだって、いま、母として、日々「今の言葉(子どもに)言わなきゃよかったなー」っていうこと連発してるじゃん。

 

そーやな、ほんと。

 

あー、そう思うと、恨みに思ってた、あの、わたしがお母さんに渡したプレゼント、お姉ちゃんからだと思い込んじゃったやつとか、わたしもやりそう。

でも、やっちゃったことはしゃーないよね。

親はカンペキ、って思いたいんだね。

でもありえないね。

 

あ、いま、「お母さんお父さん大好き」って、心で思ってみたら、さっきと違う。

なんかほころんだ。

 

お父さん、大好き。

お母さん、大好き。

→書いたら、血がめぐった。あったかい。

 

心の中で、そう言って、お父さんお母さんにとびついてみる。

→ドキドキ。心臓の鼓動(自分の)感じる。

涙、じわっと。じわっと。

 

(わたしが飛びついたら)

「ほほー、そうか」と言って笑う、うれしそうなお父さんの顔浮かぶ。

「あらー、そんなこと言ってくれるのかい」と言って目頭押さえるお母さんの顔浮かぶ。

 

なんでそれ、だめなの?

いいよね?

いいに決まってる!

 

心に思い浮かべるだけで、ほんとに心があったかい。

ほわっとゆるんでいる。

氷がとけたみたいに。

塊がとけたみたいに。

肩もゆるんで、血がめぐってきた。

はぁ~、っと息が出る。

 

お父さん、大好き!

お母さん、大好き!

 

→こう言ってはいけないと思ってた。

そんなあっけらかんと言ってはいけないと。

あっけらかんと愛されてない、と。

 

でも、なんにせよ、そう思うのはわたしの自由。

そう言うのはわたしの自由。

言ってもいい。言える!

 

お父さん、大好き!

お母さん、大好き!

 

わたしには、魔法の言葉。

心で否定してるときは、そうじゃなかった、全然違ったけど。

鍵、カチャリとはずれた。

 

親を許す、って言葉があるけど、それはちょっとピンと来ない。

そもそも、許さないといけないようなこと、されてない。

いや、そう思ってはいなかったけど。。。

いまの瞬間にそう(許されないといけないようなこと、されてない)思うようになっただけだ。

 

心地いいから、結論みたいなことまとめず、ほわーっと味わっていよう。

満月に引っ張られて?出てきたこと① 仕事について

こんばんは。

カオリです。

 

満月に引っ張られてか、いくつか、自分でも大きなテーマだなと思っていたことについて、どどどっと気づきが来たので、ノートに書いたものそのままをほぼ平打ちなので読みにくいと思いますが、記録し、放っておきます。

 

仕事について。

 

前の記事でもちょっと書いた、東京にいたとき、あるベストセラー作家の女性のもとで仕事をしていたとき。

わたしは、メルマガ執筆とかWEBページの内容づくりとか、セミナーや教材の企画そのほか、とても向いている仕事をさせていただいて、ノリノリでした。

そして、「○○(会社名)の△△(名前)です。」ということに、めちゃプライドを持ってました。

で、社長(その作家でもある女性)に講演や会食やいろいろ同行させていただいて、普通ではなかなかできない体験、すごく素敵なお店に行ったり、大きい出版社の社長さんと会食で同席させていただいたり、ほかの有名な作家の方などにお会いしたりもしていました。

で、もちろん、社長の力が大きいのはわかってるけど、わたしもかなりイケてると思ってました。

その気になればどこででもめっちゃ活躍できると思ってました。

 

でも、いま、そう思ったように、なってない。

いつかなる、と思ってた。

今は仮の姿だ、育児中だから仕方ない。と。

 

でも、それは違うな。

もし、わたしが以前思ってたようにすごいなら、いま、こうなってない。

前のその経験をステップに、すでに、行けてるはず。

 

で、明らめました。

今の自分を。

 

「わたしは、パートの事務員。以上。」

 

これが100%マックスの自分の実力。

 

それを明らめたときに思ったこと。

 

わたし、今の仕事、園長に誘われたから向いてないけどやってやっているという思いが完全にはなくならないままいた(と今日気づいた)けど、もし、この仕事に就かせてもらっていなかったら?

 

その東京での仕事を辞めて関西に来たあと、元だんなの会社の仕事を手伝っていたから、もし、保育園での仕事がなくて離婚したら、普通に仕事探さないといけなかった。

で、100%マックスである、パートの事務員の仕事を他で。

そしたら、今みたいに、子どもが病気になっても快く休ませてもらったりできなくて肩身の狭い思いをしたり、そもそもシングルで預ける人もいなかったら簡単に雇ってはもらえない。

仕事内容にしても、純粋な事務ってそもそも経験したことがなかったから、職務経験上も雇ってもらえたかどうかあやしい。

 

ほんとに、こんな恵まれた環境で仕事ができて、わたしは幸せだな。。。

復活。いろいろ解明。やっぱりわたしは大丈夫だった!

こんにちは。

カオリです。

 

ようやく復活してきました!

 

このどーんと沈んでて心身絶不調期間は、「落ち込むこと」をちゃんとしよう!っていう、そのサインが全方向から来てたんだと思います。

だから、この期間中、不思議と、安易な手助けとか気持ちが軽くなるような言葉がかかることがなくて、どーーーんと落ち込んでました。前回のブログのあとは、うるさい頭の中の声もかなり減ったので、ただただ落ち込んでる自分を感じてました。

 

そして、昨日から今日にかけて、わかってきた!

わたしがずれてってた原因が!

 

全部がそれかわからないけど、今回についてはこれが大きかったんだー!ってこと。

 

先月さきこさんにフェイスブックのフォローページ(notebookセミナーの)で質問の回答としていただいた、「サクッと軽く♡」の意味を捉え違えていました。わたし。

 

「よし!重くとらえずに、サクッと軽く進む♡」

と決めて、さきこさんからのその返信の画面をスクリーンショットして携帯の待ち受けにまでしてました。

 そして、サクッと軽くどんどん進んでる気になっていたけど、でも、そもそもその言葉の捉え方が違っていた。

 

それに気づいたのは、以前フォローページでさきこさんにした質問のお返事を昨日「遅くなってごめんなさい」っていただいて、その中でまず、

 

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そうですね!時々「落ち込むこと」を無意識ですっ飛ばして思考で色々回避する方がいます。

 

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という言葉があり、ハッとしました。

 

そして、なんと昨日は奇跡的にさきこさんとチャットのようにリアルタイムで質問と回答のやりとりをするという幸運!で疑問がどんどん解けていきました。

その中で、上に書いた、「サクッと、軽く」の意味をわたしはわかっていなかったということに気づき、質問して、質問した後に自分でも気づいたことがあり、こう書きました。

 

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わたしが悲しいという感情による落ち込みすっ飛ばしてしまっていた原因に今思い当たりました。 わたし、前にこのフォローページで質問ささせていただいた後、「そっか!重く捉えるのやめよ。サクッと、軽く♡進もう」と決めたんです。 でも、きっとそれがなにか違ったんだと思います。 わたしの「サクッと、軽く♡」は、女性が落ち込みかけてるの見て「深刻に考えるなヨ。ま、楽しく行こうゼ」って肩を抱くいう頭悪い男みたいな男性性だったんだと思います。 サクッと、軽く♡進もうと考えるのは男性性でいいのですか?そして、どういう男性性でしょうか?

 

(しばらく経ってからまた送信↓)

 

さっき質問した後考えました。 実際の男性に置き換えて考えたら、女性としては、落ち込んでいたら話をとことん聞いて寄り添ってほしい。 そしてその後、じゃあどうしようか?と行動を考える時になったら、落ち込んでる女性の気持ちに引っ張られて行動も重く、おおごとと捉えて決めるのではなく、ことの大小の判断はせず、ただ、最善の一手は何かと平常心で考え、過去の自分の狭い経験や周りの目とかにも判断をゆだねず決めて進むという、とらわれのなさというか、そういう感じが「サクッと、軽く♡」なのかな?と思いました。 気づかせていただいて、ありがとうございます! バカな男性性と、その男性性に引っ張られて気持ちを引っ込めていくしょぼい女性性でどんどんずれていくところでした。

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そうしたら、

 

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そうですそうです! 「深刻にしない」というのは 落ち込まない、とかどっぷり感じない、という意味ではなく 「決める段階」においてサクッと進むという意味です!    どうせサクッと進めるから どっぷり浸れますし、しつこくムカつけますし、めっちゃ怒れます笑    どうせ軽く進めるから笑❤︎    男に置き換えたら 「まあそんなに深く悩むなよ!」と言っておきながら いざとなると「何もできない。重い。責任をなすりつけてくる」低脳男じゃなくて    ただ「そうか・・・」と聞いてくれ いざという時には「いけるいける!絶対なんとかなる!ならなくても大丈夫!笑 どうせ俺がいるから!」っていういい男みたいな感じです笑

 

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この、いただいた返信、読んでしばらく動けなくなって、10分くらい何度も何度も読み返してました。 どうせ軽く進める(!!)からどっぷり浸かれる!しつこくムカつける!めっちゃ怒れる! んだ。 ・・・そっか。。。

さきこさんがおっしゃるからこその深み重みはあるのは大前提として、わたしの男性性、なんて腰抜け男だったんだろ。 女性性の声聞いちゃってもどうしていいかわからないから、学校とかどっかで聞いてきたそれらしい言葉持ち出して抑えつけてた。まだ。

ノートに気持ち書くことしていたけど、あまりに目にもとまらぬ早業で男性性が女性性を抑えつけてると、その後の気持ちから明らめようとしはじめていて、どうもすっきりしないなということがありました。

(子どもがアスペルガーと診断されて、「ショックじゃない」って思ったけど、あとで悲しかったことに気づいたときとか。)

そして、あと、ちょっと調子がよくてうまく進んで、つまづくと、「ほーら見ろ、調子乗るとそうなるんだよ」とか。。。 こうしてみると、考えてみたらさきこさんが本やブログで書いてくださってること、真穂さんがブログやセッションで言ってくださったことそのままなのですが、わかってませんでした。 うーん、すごい。。。 さきこさんのコメントの最後のセリフ、言える男性性育てたい! まずは女性性がもっとはっちゃけます。

過去に感じてたけど抑えつけてたことがないかも、明らめていく。

 

あと、今回のことでますます決意。

 

やっぱり、わたし、もうだめかなとか思ったけど、やっぱりだめじゃない。

ブログに、「そのとき思ったことだけ書く」(思っていても書けてないこと、言葉足らず、は多々あっても、思ってないことは書かない)ってことが、ちゃんとできている。

これは、以前のわたしとは全然違うこと。

 

わたし、小学生のころに大人が喜ぶような文章というのを覚えて作文コンクールでは出せば受賞。

大人になって、このブログで書いたことなかったけど、自己啓発分野でかなりメジャーなベストセラー作家の方の元で働いていた(商品ページ作ったりメルマガ書いたり)こともあり、そこで、「たとえ、思っていなかったとしても感謝の言葉を言ったり書いたりすることも大切」(※もちろん教えはそれだけではないです。)ということを覚えて、ビジネスでも日常でも、話し言葉でも書き言葉でも思ってない「いい」こと書くのがさらに加速。

しかもそれをきれいごとに見せないためちょっとカッコ悪い自分を戦略的に自己開示したり^^;

(その方の教えに今全面的に共感するかというとそうではなくて、もう新刊も読まないけれど、その方と出会ったことはわたしの人生の大きな転機で、とても感謝していることは一生変わりません。)

 

そういうこと、このブログでは、というか、日常でも、会話の中ではやっちゃうことあるけど点検しながらできる「書く」ということでは、メールでもやめている。

 

だから、調子乗ってる自分も、前なら「ちょっとこんなのやめとこうかな」って引っ込めたけど、そうせずにそのまんま書いてるから、もうコース卒業しているというのにありがたいことに、真穂さんから音声やブログの中でメッセージいただけた。

痛かったけど、受け取れた。

 

前に真穂さんが電話セッションの中で、「全力でやっていったら、衝撃波(外界の縁からの)も大きい。その衝撃波で、ずれてるってこととか教えてもらえるから」っていう内容のことをおっしゃっていて(※その後、「全力」ではなくてもいいよ、とのことでしたが。)、それを今回体感できました。

(衝撃波大きい、ってのも自分が勝手にそう感じてるだけなんだなーって思うけれど。)

 

やっぱりわたしは、大丈夫だった!

 

ほっ。

 

久々にすっきりしました。

そう、体調のほう(疲労感、すごいだるさ)もなくなりました。

おそらく、実際毎年の春のデトックスもあったと思うのだけど、ベストなタイミングで体の声聞けて全身マッサージ丁寧にしてもらえたから、それでデトックスが加速して、えらいことになったんじゃないかな。

おかげで、いつも結構不調が長引くのが、施術後2日ですっきり抜けました。

うーん、進化してるじゃん、やっぱり♡

前日夜に「マッサージしてもらおう」って思って、検索して初めて行ったサロンだったけど、いいところに出会えたのもありがたかった。

よかった~。

 

おお、今日は手放しの満月ではないですか!

春のデトックス(多分)体調不良中にて、少し休みます

こんばんは。

カオリです。


昨日も書いた、ここのところ続いている疲労感ですが、いよいよ本格化してきて、どうやら、ここ数年春に来るデトックス体調不良ではないかと思われます。


例年4月中旬くらいなのでその頃来るかなと思っていたのですが、今年は早めに来たのかな?


ほんとのところがどうなのかわかりませんが、いま、心身ともに不調で、この不調についてすら「何かを見ることから逃げてるからでは?」とか、「そもそもこんなに疲れるということ自体が女性性の声を聞けてないから」とか、疑い・原因探しが自分責めの方向にどんどん突き進むことを止められなくて頭の中が責め声でうるさくてたまりません。


で、「どうしたい?」と聞くと「疲れた。休みたい」。


それでも、また、

「その女性性の声ってほんと?男性性にだまされてるんじゃ?」とか、「しょぼい女性性なんじゃ?」とか、「それで結局、調子にのっちゃっただけの人、で終わるんだ」とか、「やることやってからじゃなきゃ結局休まらないんじゃない?」とかとかとか、、、もうストーカーのようについて来る声がうるさすぎる。


実際、わたしは、真穂さんのこの前のメッセージが痛過ぎて、この生き方わたしは結局自分でひとり立ちしてやっていけないんじゃないか、少しうまくいったら調子にのってずれてって、いろいろお金かけたり思い切ったことやっても全然だめだった、ってことになるんじゃないかという気持ちから立ち上がれてない。


それをなんとかしなきゃと思うけど、いろんなやりたいこと叶えたいことも、なんか今は、やらないといけないこと、にオセロみたいにパタパタとひっくり返っちゃってるから、まず、少し休んでみます。

昨日、上の子の6歳の誕生日だったのに、それについてほとんど何も感じられないほど疲れてて悲しかった。


「やることやる前に休むな」という声が消えてるわけじゃないけど、とにかく休む!


「そんなことブログに書くこと?」

とか、、、声、しつこい!


そもそもこのブログ、自分のためだろうがー!


はー。。。


ともかく、そもそもデトックス不調なんかもしれないし、そうじゃなかったとしてもこの調子ではまともな思考にならないので、しばし休みます。


おやすみなさい。




そっか、わたしは、悲しかったんだ。心細かったんだ。

こんにちは。

カオリです。

 

ちょっと更新の間があきました。

 

ここ2週間くらい、心の中でどんどん大きくなって、もうパンパンに膨らんできて苦しかったものの塊が、今日、やっとぼろっと取れました。

 

この2週間、すごく疲れていて、それを、生理とか年度の変わりめの仕事の忙しさかなとか思っていたのですが、それらが落ち着いても終わらなくて、それどころか日を追うごとにひどくなっていき。

 

ようやく、先月ブログにも書いた、上の子がアスペルガーと診断されたことについて、わたしは何かちゃんと見れていないものがあって、それが原因なのではないかと見当がつきました。

あの時すぐに「子育てについての設定変更!」って書いたけど、何か根っこのほうのこと見れてない気がする。

でも、いろいろ書き出しても、苦しさは増す一方。

 

おととい、仕事が久しぶりの休みだったので、「休めてなかったからかも。百貨店に行って花瓶とか服とか買おうかな♪」とか思っていたら、午前中にやっと聞けた真穂さんの音声と真穂さんのブログで、まさにまぎれもなくわたしに向けてのメッセージがあり・・・。

 

ほんとに、さすが真穂さん。

わたしの苦しさと救いを求める声(自分で自覚もしてなかったけど)が届いたとしか思えません。

本当にありがとうございます。

 

その時は正直、すでにどうしたらいいかわからなくているのがもう、さらに、言われていることわかるけどどうしたらいいかわからなさ最高潮で撃沈して、もうどっしーーんって沈み込んでました。

 

あまりに苦しくて、昨日の朝書き出しながら、「何かヒントください!」とノートに書いたら、仕事中ふいに「わたしは、上の子がアスペルガーって診断受けて、悲しかったんだ」って、降ってきました。

 

そうか、悲しかったんだな・・・。

あの時、思いがけずいきなり診断名言われて、思ったほどショックじゃなかった!って思っていたけど、自分でも目にもとまらぬ早業で気持ちを押し隠しただけだった。

 

それでも昨日は、仕事中だったのもあり、そこまでだったのだけど、今日、仕事が休みだったのでエステに行って全身オイルマッサージしてもらってきてゆるんで(ちなみに、そこで「毎日がんばってますものね。どうしてもがんばっちゃう人なんですよね」って言われて、そう言われてうれしい人もいるのかもしれないし、今までだったらわたしも「そうそう」って思ったのかもしれないけど、今となってはダメ出しとしか・・・(笑))家に帰って老廃物が流れ出てる感じのだるさでぐたーっと横になっていたら、「悲しかった」って気持ちがめっちゃあふれ出てきて、声を出してわんわん泣きました。

 

診断されたときの光景とか、その後職場(保育園。子どもも行っている)で同僚にそのこと言ったときに、励ますように言われたいろんなこと、個性だとかアスペルガーの人はむしろ天才肌とかいろいろ、それを言われたときの感じがバーッと浮かんできて、そのとき、そのひとつひとつのとき、わたしすごく悲しかったんだな、って。

今も悲しいな、って。

 

でも、それを悲しいって思うことがいけないと頭で一瞬で決めつけて、ぎゅっと奥のほうに隠してたんだな。その都度。

悲しいって思うってのは、バカな親がすること、みたいな。

 

それで、悲しいなと感じてわんわん泣いているうちに出てきたのが、「心細いよー」って気持ち。

 

そうか、わたし、ひとりで子育てしていて、心細いんだ。

 

今書いていても、「ひとりって言っても、元だんなも関わってくれているし保育園もあるし、子育ての仲間もいるし!」って、即座に注釈が心の中でも入るんだけど、やっぱり、事実いま基本家で主に子育てをしているのはわたしひとりで。

それを、わたしは心細く思っている。

それを担っていることが心細くて、まったくリラックスできていない、安心なんて全然できてない。

 

この気持ちも、生き方を変えればそう見えないはず!みたいな感じで、見てなかった、奥にぎゅぎゅっと押し込んでた。

 

それで、それがやましくて苦しいから、すべてにおいて以前のやり方(被害者になるとか人と比較するとか)を出してくるんだけど、もう、それすら元のようには戻れない(自分の責任ってわかってるから)ので、逃げれば逃げるほど苦しさが増してました。

 

このふたつの気持ちが見えて、日々どんどん膨らんでた苦しさの塊がボロッと取れた感じで、ほっとしてます。

 

もっとこれらの気持ち見ていくけど、まずはこのほっとした気持ちを味わおうと思います。

気づいたら、お財布にレシートがたまらなくなってた

こんにちは。

カオリです。


この前買い物に行ってお財布を出した時、ふと気づいた。


「あ、お財布にレシートたまらなくなってる!」


以前は、たまったレシートを(家計簿はつけてません)捨てる時に、

「わ!2カ月も前からのがたまってた!」

と自分でびっくりしてたわたし(^_^;)


それが今は、

「ためないようにしなきゃ」

なんて思わなくても、全然たまらない!


お金の使い方とお財布の中身を変えてから、あっさり変わった。


極力クレジットカードから極力現金生活に変え、ポイントカードは捨て、お財布の中に数千円〜2万円くらいしか入れていなかったのを新札で20〜30万円入れることに変えたら、もう豊かさしかないお財布に変わったんです。


今までわたしのお財布にたまってたレシートは、「使ってしまった」お金への未練みたいなものだったのかも。


今は、お金使って、豊かさ受け取ったら、以上!それで完結!

そしたら、使いすぎた、、ってこともないし、家計簿つけなきゃ!ってこともない。

そうなったらレシートはもういらない。

すぐ捨てることに全然罪悪感ないし、お財布の中素敵だと、レシート入れとく気にならない。


うーん、収入が増えたわけじゃないのにほんと豊かになった♡


あ、わたしがお財布やお金の使い方そう変えたのは、真穂さんや藤本さきこさんがおっしゃってることを素直にやってみたのです。

わたしの記事だけ見たらなんでか全然わからないと思うので、興味あったりなんか感情動くという方はおふたりのブログとかさきこさんの本「お金の神様に可愛がられる方法」読んでみてください。




「どうでもいい人」が増えた幸せ

こんにちは。

カオリです。


今日職場で、

「あの人、あの人、あの人、、、ほんっと、どうでもいいなあ。

あー、楽。

あー、幸せ♡」

としみじみ感じました。


今思えばだけど、3か月くらい前まで、ハリボテのプライドで完全防備していた時は、「どうでもいい人」ってものが存在しなかった。


嫌いな人、苦手な人はいたけど、「どうでもいい人」はない。

誰もかれもが、そのわたしの中身のないプライドを中身のあるもののように見せてくれる証人でなければならなかったから。

でも、中身がないんだからそれが苦しい作業になるのは当然、安心できるものになるはずもなく(^_^;)


そんな風にして保たないと(ていうか保ててない)いけない空っぽなものを「プライド」と呼ぶのすら恥ずかしすぎる。。。


真穂さんのコース受けて、まだ残ってはいるけど、そのハリボテプライドだいぶ捨てられて、対人関係がほんっとーーに楽になった。


不思議なことに、「どうでもいい人」になると、嫌いとか苦手じゃなくなってくることも多く、全然構えずに話せるし、ほんと平和です♡