自分を大切にして、生きてみる

いまから、ここから、やってみる。日々の記録。

姉へのメール

こんにちは。カオリです。

今日は仕事が休みだったので、美容室に行って10年ぶりくらい?に毛先と前髪にパーマをかけてきました。

 

見た目の雰囲気が変わったことに加えて、最初は気持ちいいからやっていたのに知らないうちに自分を勝手に縛って"自然派"みたいなカテゴリに決めつけちゃってたものから解放されていい気分です♪


 

さて、わたしには姉がふたりいます。

ふたりとも子どもの頃から勉強がよくできて、三女のわたしはいつも姉たちと比べて冴えない自分、親たちにもそう感じられてる自分を感じてきました。


その姉たち、今ふたりとも鬱病なのです。

特に上の姉はこの20年くらいずっとひどい鬱病で、8年くらい前、一度歩けなくなりました。

数ヶ月で歩けるようにはなったのですが、おととい、また歩けなくなったとメールがありました。


3年くらい前に上の姉から打ち明けられたことが、だんなさんの不倫で苦しんでいること、それが鬱が治らない大きな原因で、とくにあの歩けなくなった時は、彼が一度不倫をやめると言ったのにやめていなかったことがわかった時だった、ということでした。


その後度々、そのこと、だんなさんの不倫についてのメールが来るようになりました。


おとといのメールは、実家の法事についてのことが主旨だったのですが、その後にまた歩けなくなったこと、そして「愚痴だけど、、、」と、だんなさんがいかにひどいかが綴ってあり。


今まで、真穂さんの継続コースを受講する前までのわたしは、そういうメールを受け取ったら大抵、


「辛いね。。。

そうだよね。。。

こっちから考えればこうなるし、別の方から考えればああだし、、、難しいよね。。。

どうしたらいいんだろうね。。。」

っていうような返信をしていました。


でも、真穂さんのコース受講する中で、そういうお姉ちゃんたちのダメな状況を必要としていたのはわたしだってことがわかってきた。

わたしは、お姉ちゃんの愚痴メール受け取ったら、表面心配して、内心めんどくさいと思い、さらにその奥底からでは、そういうメールを「しめしめ」と舌舐めずりして味わっていたんだ。。。


ガーン!!!

なんて浅ましい!なんて悪趣味!!

こんなのヤダ!もう絶対やめる!!!



それで、今日そのメールに、こう返信しました。

(長いです。)


  ………………

お姉ちゃん


お姉ちゃんの愚痴、わたしへのメールで、王様の耳はロバの耳みたく言って楽になって、心にスペースできるならどんどん書いて送ってもらって全然問題ないよ。
やっぱり、自分の心の中でぐるぐる回してるだけっていうのが一番エネルギーを消耗すると思うから。

それで、ただ、上に書いた「全然問題ないよ」という中身が変わってること、あと、メールに対する反応は少し変わると思うということだけ伝えておこうと思います。


わたし、1か月くらい前から、「自分を大切に生きる」って決めて取り組んでいて、まだまだ途上だけど、自分で自分を幸せにするってことを日々意識して生きてるのです。

そう言ったら、お姉ちゃんますます、「そしたら、わたしがメールしたらその邪魔をするんじゃないか」って思って遠慮しそうだけど、そういうことではなくて。
前みたいに、いい人ぶったり、人のことを心配してるふりをして実は自分が自分のためにしてあげられることを感じたり考えたりする時間やパワーをわざとなくしておいて、それ(自分を大切にすること)を正当化するのやめることにしたのです。

だから、お姉ちゃんからどんな内容・分量のメールもらっても、わたしがわたしを幸せにすることの阻止にはならないよ。
メールもらっても、今までみたいに、共感してるふりのメールの文面考えることに時間費やすことしないから。

返信メールの内容が、そっけなかったり、お姉ちゃんが「あれ?」と思うものになるかもしれないから、その理由を先に伝えておこうと思って今書いてます。

自分を大切にしないことを正当化する理由作るのやめることにしたから、「子どもの世話して仕事して家事してお姉ちゃんからのメールにも返信しなきゃいけないし、自分のこと考える時間なんて全然ない!」なんてもう自分に言わないことにしたのです。
(前にそう思っていたかというと、その自覚はなくて、そもそも自分を大切にしようと思えてなかった。自分で自分を幸せにしようと思えてなかった。で、自分が幸せになりたいかすらわからなくなってた。)

この1か月、自分を大切にしようと意識してたら、それって、まとまった時間やお金がいることじゃないんだ、やろうとさえすればすぐできることたくさんあるんだって少しずつわかってきた。

だから、お姉ちゃんにメールする「時間」だけのこと言ってるのでもなくて、もちろん時間もなのだけど、上で「共感してるふり」って強い言葉使ったけれど、自分の心に嘘ついたり隠したりしたら、それするごとに一歩ずつ自分から遠ざかるんだってことが、逆にこうやって少し勇気出して嘘なく本当のこと言うってこと始めたらわかってきて、それをもうしたくない。
それって、自分にもお姉ちゃんにも失礼すぎる。
ちゃんと心から言える言葉だけ書きたい。

「今までの共感の言葉は嘘だったの?!」って言うと、そうでなくもあり、そうでもある。
少なくともその時は嘘のつもりはなかった。
でも、今この生き方始めて見直してみると、「共感できる自分でありたい」「共感してもらってるとお姉ちゃんに思われたい」っていう気持ちとか、その他もろもろいろいろ混じってた。

今まで、お姉ちゃんからのメールに返信する時、傷つけるようなことを言ってお姉ちゃんの心身の状態がさらにひどくなったらどうしよう、もっと言うなら、命になにかあったらどうしようって怖れが自分にあって、それは今もあるんだけど、今までみたいに、なにか決定的なことは引き起こしたくない、引き金引きたくないって責任逃れのビビりの姿勢で日々の自分の言動選んでくことはやめる方向しか今は考えられないから、やっぱり書きます。

そうやって、自分を大切にすることを推し進めることでしか、周りにも影響できないんじゃないかなと思ってきてるから。
それに、なにより、この生き方始めて生きるのが楽になってきて、もう戻りたくない。
やっと、幸せになりたいとか、楽しみたいって気持ちが出てきた。
わたし、それすらわからなくなってる不感症重症患者だったのでした。


どれだけちゃんと伝わるように書けてるかわからないのだけど、今このメールにすごく時間かけてるけど、それは、わたしの自分を大切にする時間をお姉ちゃんに奪われているのでも使ってあげてるのでもなく、こうやってひとつひとつのきっかけに、ちゃんと自分の気持ちを見て明らかにするってこと自体が自分を幸せにするってわたしが言ってることそのものなので、心配しないでね。
やりたくて勝手にやってることです。
こうすることが苦しかったらやってないし、これからもやらない。

おとといの法事についてのわたしのメールも、お姉ちゃんをして「過不足ないメール」と表現させたのは、多分それ。


こんなメール書いたら、お姉ちゃんもうメールくれないかもしれないな、わたしに距離置いちゃうかもしれないなと思うと、こうやってひとりになっていってしまうのかなって怖さも大きいんだけど、今までみたいに、お姉ちゃんからそういうメールもらえる自分、わたしにしか言ってないこと愚痴ってもらえる自分でいることで嘘の安心得たくない。
大切なお姉ちゃんをそんなことに使いたくない。

わたしは、子どもの時からすごいなって憧れてたお姉ちゃんに、いまこんな風に弱さを見せてもらえるということがうれしいと思っていて、そこまでならいいんだけど、心の奥底直視してみると、そうやって子どもの頃は遠い存在だったお姉ちゃんと、「対等」みたいに思えること、なんなら上に立った気分にまでなれることで、なんか自分に嘘物のオッケー出してたと思う。

ほんとに失礼なことを続けてきて、ごめんなさい。
お姉ちゃんにも、わたし自身にも。

もうこんなことは終わりにします。


長々と書いてしまったけれど、わたしの変化の説明しただけで、このメール読んでお姉ちゃんに何かを変えてほしいと思ってるわけでは全然なく、お姉ちゃんが何か変えるも変えないも自由だし、変えること変えないことどっちでもわたしのマイナスになることはないです。
マイナスになりそうになったら、きっとそれは何かわたしの心にあやしいものがあるから、それに気づいてまた自分のこと見つめて進んでいく、ってことがあるだけ。

いま、「変えてほしいと思ってるわけでは全然ない」って書きながら、よーく見てみると、心の物陰に、そう言いつつもあわよくば変わってほしいという貧乏くさい惨めったらしい気持ちがひそっとひとかけら隠れてるのを発見したりして、そうやって自分を直視して、どんな気持ちも見ないふりしないってことをやってくってことがあるだけなんです。

そういうしょぼい気持ち見つけた瞬間は辛いけど、ちゃんと見てみたら、無理に見ないふりして亡霊膨らませるより案外ずっと簡単に楽になれるってわかってきたからやってみてる。


いい加減この辺にするね。
ほんと長くなってしまったけど、読んでくれてありがとう。

かおり


…………



このブログでは、まだ姉のこと含めわたしのこと全然説明できてないので意味不明部分も多いと思いますが、自分としては、大きなテーマのひとつだった姉のことで一歩進めた!やるやん!わたし!とうれしかったのでブログで放ちました♪


長い文面、最後までお読みいただきありがとうございます!


カオリ