自分を大切にして、生きてみる

いまから、ここから、やってみる。日々の記録。

年齢

おはようございます。

カオリです。


めずらしく子どもがこの時間でも静かに寝てくれてる上にインフルエンザで保育園も仕事も休み、どこにも出られないという状況。

3記事めアップチャレンジ。

2人ともーまだ寝といていいよ〜〜。


わたし、年齢ってあまり気にしないほうだったのだけど、40台になって突如急激に年齢にフォーカスするようになった。

と同時に、3年くらい前まで、だいたい5歳くらいは若く見えて年齢言うと驚かれることが多かったんだけど、最近まったく驚かれない。

ジャストそれくらいに見えるみたい。


てことは、この3年で、8年分くらい年取った感じになるんだなー。


昨日、インフル休みでグダグダになった子どもと3年くらい前の写真見てて、自分の顔見て思った。


「このころのわたし、離婚直後でボロボロのはずなのに、綺麗やん!女っぽいやん!」


なぜだー??!!



で、思いついた。


離婚のぐちゃぐちゃでしんどかった。

そのあと赤ちゃん生まれて、上の子2歳で赤ちゃん返り、シングルで子育て、しんどいこといっぱいあった。



でも、しんどかった渦中のとき老けたんじゃない。



大変なとき、24時間待ったなし生活の中では、「自分」のことかまってられないのは、それはいいんだ。

自分/子どもっていうのが一体化してして、それ全体見てその時々「今これ!」ってことをやってくっていうのは、赤ちゃん育ててるオンナとして本能でやってる動きでもあると思う。


でも、日が経って、子どもがひとりでいられる時間が毎日ほんの少しずつほんの少しずつ、でも確実に増えてく中で、ちゃんと心動かしてないと、前に本能で選んで切り捨てたり後回しにしたことを再び取りに戻れない。


それがオバサンになるってことなんだな。


この歳になってみて、以前「オバサンになりたくない!」って思っていたことの中には、手放したほうが逆に豊かなものがあることもわかった。


でも、例えば、化粧水を、0歳と2歳子育て待ったなし生活の中で、一瞬でしかも片手でつけられるように、スプレー式かつ回すキャップがついてないものにしたりしてたことは、3歳と5歳になった今、そのままじゃなくていい。

でもそのままにしてた。


たまにお店とかのトイレで、片手の先をちょこっと水で濡らして手を洗ったことにしてるおばちゃんがいるけど、以前は

「なにそれーっ?!そんなん全然洗えてないし、そんなことするくらいなら洗わなきゃいいじゃん!」

と全然理解できなかったけど、今はわかる、それ。

子ども抱っこしてたら、片手で手洗うのってすごく難しいから、最初石鹸つけるんだけど流しにくいからまず石鹸つけるのあきらめる。

最初のうちは空いてる片手で、子ども抱っこしてる手をちょっと濡らして洗ったことにしよう、とか思うけどそのうちそれもあきらめる。

そのうち、指先ちょこっと濡らしただけで気が済むようになって、さらにそれに慣れると、寒い日に夜中トイレ行ったときとか、子ども抱っこしてなくても指先ちょこっと濡らしで気が済むようになる。。。



そうしてるうち、心にあきらめ(明らめじゃなく諦め)がひとつずつたまってく。


そんなことが、見回すと身の周りにいっぱい。


あと、身体も、帝王切開の傷が大きくてそこにお肉がつくとすごくかっこ悪くて、こう言っちゃなんだけどスタイルにはけっこう自信があったんだけど、悲しくて見たくなくなってた。


心の疲れや不安や、そういうものも混ざって、もう自分の姿がない。


これらひとつひとつが、わたしを老けさせてたんだ。


アンチエイジング」みたいなのじゃなくて、年取っていいけど、自分ちゃんと見て、若いとかじゃなく、いいと思える心身でいるぞ。