自分を大切にして、生きてみる

いまから、ここから、やってみる。日々の記録。

夕暮れに思う

こんばんは。

カオリです。


昼間コーヒーを飲みすぎて眠くならないおかげで(笑)久しぶりに夜の更新です。


最近、日がどんどん長くなっているのと暑くもなく寒くもなく、まだ蚊もいない気持ちいい季節なおかげで、夕暮れ時に子どもたちと外で遊ぶことが多くなりました。


そんなとき、夕暮れの日差し、夕焼けの光が差す中で子どもたちの姿を見ていると、

「ああ、今わたし、完全に満たされてるな。今、お金やモノがあるとかないとか、どんな服着てるとか、自分の家と周りの家くらべてどうとか、いろんな状況がどうかとか、なーんにも、まったく関係なく幸せだな。足りないものってない、っていうか、足りないとか足りないかもとかいう思いが何にも関係ないな。」

って心の底から感じます。


先々週元だんなが来てる日にも夕暮れ時まで近くの公園と空き地で遊んでいて、夕焼けをバックに遊ぶ子どもたちの姿を元だんなと並んで見ていてすごく幸せで、「元だんなと一緒に見てるからこんなに幸せなのかな?」とそのとき思ったんだけど、今日子どもたちと3人でいて、今日もまた、完全に幸せだった。



7年くらい前になるのかな?子どもがまだいないとき、2ヶ月くらいハワイに滞在してたことがあるのですが、そのなかで一番印象に残っていて、好きだったのが、サンセットの時間帯のビーチ。

ビーチでサンセットを見るのじゃなく、サンセットの時間帯にビーチにいる人たちを眺めるのが。

夕暮れの光のなか戯れる人たちのシルエットは、誰もが、年齢とか国政、太ってる痩せてる、お金あるなし、なーーーんにも関係なく、とっても幸せに見えたから。

見てる自分もすごく幸せであったかい気持ちになる。


実際にそうだってこと、昼間の明るい光の中では人との違いにフォーカスしてしまったとしても、そうじゃない側面(絶対的に幸せな側面)が必ずあるってことなのかなと今日思った。


ハワイにいたときは、それは、シルエットだから違いが見えないからかなと思っていたけど、ここのところの夕暮れ時の子どもたちを見ての完全に満たされる自分を感じてみると、それだけじゃないんじゃないかなと。


あ、こういう感じのこと書き始めると、なんかかっこつけたこと書きたくなっちゃう自分がいるな(^_^;)


で、ここから思ったことは、年齢のことが40代になって急に気になりだしていたのは、自分の心身の様子から、人生折り返し地点なんだなって感じてなんだけれど、夕暮れの光のなかで、つまり1日の後半の光のなかで、こんなに完全に幸せを感じて何もかもが違いを際立たせるんじゃなく穏やかに見えるんなら、人生の後半を、そういう風に見える側面で生きてくことって、案外しやすい、味わいやすいのかもしれない。ということ。

真昼間みたいに、盛り上がってるぜ!サイコー!イエイ!みたいじゃないからこそ。

諦めとか見ないようにするとかポジティブシンキングとかじゃなく。


夕暮れ時っていっても、その時間帯に家の中にいたら上で書いた感じに全然ならないのと同じで、年齢についても、昼間に戻りたい!って焦って無理やり懐中電灯だの蛍光灯だのつけたら、台なしで。


迷いが全然ないかっていうとそうじゃないけど、夕暮れ時の完璧な幸せ何度か感じてるうちに、なんかそんな風に感じてきた今日この頃です。


おやすみなさい。