自分を大切にして、生きてみる

いまから、ここから、やってみる。日々の記録。

「受け取る能」がある、ってすごすぎる

こんにちは。

カオリです。

 

「心の中があったかい状態でいる」と決めたら、今まで当たり前と思っていたことや見下していたこと、勝手に劣等感を持っていたことが、実は、受け取っていることだった!ということが別なメガネに掛けかえたみたいに見えてきて、圧倒されてます。

 

例えば、ほんとに、気づいてみると恥ずかしすぎることなんですが、わたし保育園で事務をしているんですが、市から保育料が引き落とせなかった人に未納のお知らせが来るんですけど、それを配りながらいつも

「またこの人未納?!もうだらしないなあ」

と思っていたんです。

でもですね、昨日また配っていて、気づきました。

 

「ってか、そう言ってるオマエ、保育料払ってないだろ!」

 

わたし、母子家庭なので、保育料免除してもらってるんです。

で、その、「免除してもらっている」という事実を今のメガネかけて気づいた瞬間、保育園の広々とした建物とか保育士さんたちのお給料、この野菜たっぷりの手作りの給食、子どもたちが伸び伸びしている素晴らしい保育、保育してもらっている間の自分の時間、などなどなどなど、全部、わたしは、もちろん諸費として保育園に実費支払っているものはあるけれど、保育料をまったく負担せず受け取っているんだ。。。

 

ほかの方からしたら「今さらかよ!」と怒りを感じるかもしれませんが、もう、すごい衝撃でした。

 

なんて大きすぎるものを、ただいただいているんだ・・・!と。

 

もちろん、今までだって、保育料免除してもらってることわかっていたけど、いろんな方面でちゃんと明らめられてなかったから、むしろ劣等感とかそういうのでまみれちゃってて、感じられてなかったんだな。。。

 

 

それと、昨日は、午前中お休みをもらって、昨年度まで5年間スタッフをしてきた育児サークル的な集まりのイベントに行ってきたんですが、そこでも衝撃でした。

わたし、今年の2月くらいに、スタッフ内でのメールのやり取り見て、めっちゃくちゃに腹が立ったんですよね。

そのやり取りが、もう他人の機嫌伺いで自分たちがやっていることへの誇りが微塵もないものに思えて猛烈に腹が立ったんです。

もうこんなメンバーとやるの嫌だ、無理!と思って、でも結局、その時は保留にしたのだけど、その後諸状況やらスタッフを辞めることにして。

 

それで、昨日久しぶりにみんなと会って、話をしたら、なんかもう、みんなほんとにまっすぐにいい人ですごく優しいんです。

要は、もともとわたしがひねくれていて劣等感持ってて、そんで、真穂さんのコース受講してちょっと違う視点を持ったり変わった実感を持てたら、今度は優越感からの見下しで腹立ててたっていう、そこでどっちにせよ一人芝居のようにジタバタしていたという、情けなくあほらしく残念すぎるストーリーだったっていうことが、わかったのでした。

 

よーはわたし、こういうことを、あらゆるところで24時間、繰り返してきたのだ!

41歳まで!

 

 

そうして、同じようにあれもこれも、ともらっているものがドババババーっと視界に入ってきて、急に、一気にたくさんの持ちきれないくらいなものをもらって(受け取って)、感謝ばっかりだ・・・って気づく一方、今度は、「こんなに持てない!どうやって持ったらいいのかわからない!」って気持ちも出てきている昨日今日です。

 

受け取るだけ、ってことに慣れてない。

それで、その受け取る量、受け取ってる量が、あまりに大きすぎるから、今までの思考のように、「同じだけ返そう」とか「返せそうな分だけもらおう」とか(汗)「もらっていらんわ!」と拒否したって、どうやったって無理って思う。

どうやったって、いっぱい受け取ってしまっている。

 

それで思い出したのが、以前真穂さんが書かれていた記事「わたしは本当に、受け取ることくらいしか、能がない」。

「受け取るくらいしか能がない」って、「能が少ない」って言ってるみたいだけど、いや、「受け取るだけ」しかも、「たくさん受け取るだけ」って、その能、すごすぎる!!

 

今のわたしは、残念だけど、自分の受け取る能のなさ、受け取る器、キャパの少なさを目の当たりにしてガーン!ってなってます。。。

 

わたし、三女なのもあって、ちゃっかりしてたり要領がよかったり、人に何かをしてもらうことに慣れていると思ってると思っていたけど、「わたしは、してもらって当たり前」って思ってたから、それって、受け取っているのとは全然違ったんだな。。。

 

慣れてないのもあるし、以前のメガネの亡霊が「返さないとバチあたるよ」とかささやいてくるのもあるから、まずは、そこで湧いてくる気持ちをまた書き出しながら、進んでいってみようと思います。

真穂さんがおっしゃっているように、そう生きていれば、その存在自体が財産で、それが周りに勝手に生かされていく、ということを信じて、受け取るってことをどんどんしていってみます。